日曜美術館 「真を写す眼 渡辺 崋山」
中学生の時、美術の教科書に渡辺崋山の絵が載っていました。
「鷹?石?像」
その絵を見た時、美術の肖像画としてではなく「江戸時代の人には、こんなに知的で、品があり、気迫あふれる人が居るんだ」と、人間として強烈な印象を受けました。

50歳を過ぎた頃「雪の結晶」の本を読んでいました。
雪の研究に関しては、日本は世界的に見てもトップを走っていて、江戸時代に、ヨーロッパに先んじて「雪の結晶」を現した本が2冊も出版されています。
・「北越雪譜」は、越後魚沼の「縮仲買商」鈴木牧之の本で、35種の結晶の絵が記載されています。
豪商とは言え、地方の一私人が、これだけの本を出せる日本人のすごさを感じます。
・「雪華図説」は、茨城県の古河藩主・土井利位の本で、こちらは、97種類の結晶が記載されています。
その家老に、蘭学者の「鷹見泉石」がいて、利位を補佐したと書いてありました。

家老の名前を見た瞬間、教科書の絵を思い出し「確か鷹とか石と言う字があったような?」と思い、インターネットを見たら、肖像画付きで出て来ました。
中学生の記憶が、「雪の結晶」を通じて、「鷹見泉石」にたどり着いて、チョット幸せでした。

あらためて、テレビで渡辺崋山の「絵」と「人となり」を見て、江戸時代の人と社会は、現代よりも優れていたのではないかと考えさせられました。
| - | 19:55 | comments(0) | - | ↑TOP
暇つぶし
NHKテレビで「オーストラリアで南極の秘密にせまる」を見ました。
太古、巨大大陸だった南極とオーストラリアが、プレートテクトニクスで分離した結果、南極が氷の大陸になったと言う話で、地球史が好きな私には楽しい番組でした。
・・・と、素直に喜べないのが年寄りの欠点で、番組に出て来るオーストラリアの学者が全員白人で、先住民は居ませんでした。
これが何故気になったかと言うと、南米のアンデス文明を語る時も、そこでも出て来る学者はヨーロッパ人の末裔で、先住民は精々博物館の管理人どまり。
独立という言葉が、ヨーロッパ人内部の利権争いで、現地の先住民の独立ではないと言う事が、学問の世界でも、現在まで続いている事が見えてしまいました。

暇に飽かせて「はやぶさ」の映画も見ました。
出て来る学者や職人が全員日本人。
「東京オリンピック」も見ました。
ボロクソに叩かれた敗戦から、わずかに19年。(ミュンヘンはそれから8年後)
丹下健三氏の「代々木競技場」等、世界に誇れる建築物を作っての開催。
市川崑監督の作り方も「平和の祭典」を強調し、当時の日本の平和に対する渇望が見える様でした。

北米・中南米・オーストラリアの言葉は、英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語。
東南アジアの国々が、それぞれの母国語を話せるのは、日本のおかげ??(戦争が良いとは言いませんが・・・)
日本って、結構すごい国なのかなと思う今日この頃です。
と言いつつ、今は「危険な道を歩きつつあるのかな」と危惧する日々でもあります。
| - | 23:37 | comments(0) | - | ↑TOP
鉛筆画 展示会 中止のお知らせ
2月19日にお知らせしました「鉛筆画展示会」が、中止になりました。
新型インフルエンザの影響で、敬老館の予定や早稲田大学のオープンカレッジ見学会等が次々に中止になり、余った時間は家で「鉛筆画」を描いて過ごそうと思っていたのですが、その発表会(3月20日唐24日)まで、中止になってしまいました。
一気に目標を失ってしまい、茫然としています。
家に籠っていると、精神衛生に悪いので、外へ出て、人の少ない所を歩き回ろうかと思っています。
どこか、お勧めの場所がありましたら、お教えください。
| - | 11:35 | comments(0) | - | ↑TOP
想定外ー2
日比谷図書館から電話がありました。
「2月27日と28日の日比谷カレッジは新型インフルエンザの為中止です。3月24日までの予定はすべて中止です」
「江戸の大相撲を楽しむ」「現代技術でよみがえる伝統木造建築」「牧野富太郎が残した植物図」「星をたずねて・太陽系」
楽しみにしていた講座が全て無くなってしまいました。
昨日、今日といきなり暇になってしまい、友人を呼びだしてお喋りをしたいと思うものの、途中の電車や喫茶店でうつったら(私は大丈夫でも)迷惑をかけてしまうし・・・・
仕方なく、家で一人で鉛筆画を描いています。
まだ2枚目の絵ですが、壁にぶつかって鉛筆の速度が落ちていて、3月の展示会までに間に合うか心配していたのですが、今の状態では、敬老館の予定も中止が増えそうなので、絵を描く時間がタップリ増えそうです。

という訳で、昨日・今日と一人で絵を描いています。
と言いつつ、やはり寂しいので、暇を持て余し、電車に乗り、喫茶店or飲み屋でお喋りをする勇気のある方が居られましたら、是非・ご連絡ください!!
今朝の体温、36.1度
とりあえず、私は安全人間です。
| - | 10:39 | comments(3) | - | ↑TOP
想定外
最近、外出が多く在宅時間が少ないので、テレビは全て録画で見ています。
一昨日、プログラムを見ていたら、喜劇のドラマがあったので録画しました。
「今夜、ロマンス劇場で」・・映画会社勤務の若者が、白黒映画の中から出て来たヒロインと恋に落ちるというありふれた物語です。
期待もせず、仕事をしながら見ていたのですが、主人公の晩年の姿で「加藤剛」さんが出て来た途端に「フィールドオブドリームスのバートランカスター」とイメージがダブり「ムーンライトグラハム、DR.グラハムだ!!」と、ジーンときてしまいました。
映画人の恋ですから、劇中白黒映画も「ローマの休日」と「オズの魔法使い」のパロディーで、物語の中にも「ガラス越しの接吻」とか、昔の映画好きが見たら嬉しくなる様なシーンも沢山出て来ます。

山田洋二監督が、寅さんや幸せの黄色いハンカチで「おかえり」という声の聞こえる家庭を描いた様に、この映画では、もちろん愛の物語なのですが「他人の為」「変わらないもの」「感謝する事」の大切さが描かれていたのかと思いました。
そして山田監督の言う様に「現実の社会から失われたもの」の映画かとも思いました。

こんな映画で想定外に感動しているようでは、モウロク爺ですね!
| - | 11:50 | comments(0) | - | ↑TOP
鉛筆画 展示会 (中止になりました)
  第71回 中央区民 文化祭 作品展
    「 アートはるみ 芸術祭 」
期間  3月20日(金)〜22日(日)(中止になりました)
時間  AM10時 〜 PM4時
場所  月島社会教育会館晴海分館(前回とは別の場所です)
    「アートはるみ ギャラリー」
住所  中央区晴海1−4−1
    月島第3小学校・複合施設・地下1階
地下鉄 有楽町線 都営大江戸線
    月島駅10番出口・徒歩10分

鉛筆画を学び始めて8ヶ月。
2枚目の絵も、ようやく完成に近づいてきました。
1枚目の絵は、熊本城の宇土櫓のみを描いたのですが、今見ると、全体のバランスが悪く、樹木の描き方の稚拙さが目立ちます。
2枚目も又宇土櫓を描いているのですが、今度は「風景」として、手前に西出丸の石垣と下見板塀がアップになり、その後ろに主役の宇土櫓・平櫓・二階櫓が現れ、バックに大・小天守閣と楠の古木が茂っていると言う、遠近感のある絵に仕上がる予定です。
と言いつつ、昨年の10月から描き始め、1月上旬には建物と石垣は出来上がっているのですが、苦手な「楠」が、何度書き直してもうまく描けません。
先生のアドバイスも何度も受けているのですが、いざ手を動かすと、魚の「白子」の様になってしまい、樹木の感じが出て来ません。
建物、石垣は好き(得意)で簡単に描けるのに、生物・樹木が苦手で描けないのは、理系人間の長所と欠点が現れているのでしょうか?
さて展示会までにどれだけ改善できますか?
乞う!ご期待!!!

江頭TEL 090−5777−3683
| - | 13:25 | comments(0) | - | ↑TOP
野村監督
野村監督が亡くなられました。
大好きな監督でした。
野村ヤクルトと森西武が二年連続で激突した日本シリーズは最高でした。
選手のレベル、訓練、監督の頭脳、・・・
どれをとっても最高でした。
ヤクルトのコーチの言葉で「野村野球をID野球と言われる事を好んではいなかった。選手が各自考え、行動し、監督が要らない野球が理想」と言っていたそうです。
・日本シリーズで、3塁ランナーの古田選手が、内野ゴロで本塁突入し得点。
その時の監督の指示は「内野ゴロは止まれ」
古田選手の言葉は「普段から、チャンス・勝負所ではチャレンジと言われています」と自分の判断で突入。
・西武の3塁ランナーが、センター前ヒットで、本塁突入。
センターの飯田選手がドストライクのバックホームでランナーはアウト。
この時、飯田選手は守備位置を数歩前にしていたのだそうです。
これも自分の判断。
まさに監督の教育が、自分の考えで判断、行動できる選手を育てた証拠でしょう。
その後も、古田、栗山、宮本、日本代表監督(名前が出て来ない)と、立派な監督も育っていて、「人を育てる事が最高の仕事」と言っていた野村監督の仕事ぶりを示しています。
楽天の監督をやめた時、相手チームのファイターズの選手も交じっての胴上げとなりました。
相手チームから胴上げされた監督なんて野村監督だけではないでしょうか?

やめたと言えば、ダントツで最下位だった楽天を4年で2位まで持ち上げ、翌年は優勝確実と思っていたら、オーナーの一言で首。
その後、星野が入って3年目に優勝。
「星野が優勝させた」と言っているけれど、野村監督を続投させていれば、翌年には優勝していたでしょう。
神戸地震の時も「がんばろう神戸」でオリックスが優勝。
あの時も「がんばろう東北」で団結出来たのだから、アホな監督に変わったから3年もかかった。

田中選手がインタビューで、再三「野村監督の下で育てられて幸せだった」と言っています。
星野監督の下で・・・とは一言も言っていない(私の知る限り)

野村監督大好きの反動で、星野監督の悪口になりました。
ゴメンナサイ!

「球辞苑」で野村監督スペシャルやってくれないかな?!!
明日から、テレビのプログラムをチェックして、「野村スペシャル」を録画しましょう。
| - | 22:04 | comments(2) | - | ↑TOP
深大寺城
深大寺へ行ってきました。
と言っても、「寺参り」ではなく「深大寺城」が目的地。
京王線布田駅から歩いて行くと、左手に城址の里山が見えて来ました。
入り口を探しながら歩くと、城山の手前の低地に公園があり「水生植物園」の看板がありました。
植物園の中に城址があると思い、道から看板の文字を熟読したのですが「城山」の表示がありません。
道をそのまま進むと「深大寺」に到着したので、先に寺に参り、名物「深大寺そば」で昼食。
「名物に美味いもの無し」・・・・・まさにその通りでした。
昔は美味しかったのに・・・・
「地図」と「縄張り図」は持っていたので、私有地に入ったりしながら、城山をグルッと一周したのですが「入り口」は無し。
また「植物園」に来たので、今度は中まで入り、再度 看板の目の前で全体を見回したら、公園の地図の中に「城山(国史跡・深大寺城跡)」と書いてありました。
城山の麓へ行くと「芝生広場方面」の矢印。
坂を上ると、持参の「縄張り図」で「第二部」(二の丸)を確認。
グルッと一回りして「第一部」(本丸)方向へ歩くと「土橋」があり、手前に一般的土橋の説明の看板。
橋を渡って「第一部」に入った所に初めて「深大寺城」に説明図がありました。
城内の説明板はこの二枚のみ。
「土塁」や「空堀」は、かなりはっきり残っており、史跡としては素晴らしい所ですが、管理者が「ド素人」
平地は「芝生広場」と「花畑」になっており、「土塁」には低木の常緑樹が一面に植え込まれ「花畑の背景」状態。
無理に「土塁」に上ると、冬なのに雑木で「やぶこぎ」状態。
「空堀」を見下ろすと、かなりの深さで残っていて、城好きとしては大喜びでしたが、そこにも笹が大量に生えていて、夏では全く見る事も出来ないだろうと思いました。
2週間前、「滝山城」を見に行って、説明板の素晴らしさに感動したのですが(歴史に対する教養レベルの高さ、見学者に対する気配り)その反動もあり、「深大寺城」の管理者のレベルの低さに驚き、呆れ、怒りさえ感じました。
看板にある通り「水生植物園」だけで、ここが「城址」「史跡」と言う認識さえないのでしょう。
「花畑を増やす」と言って、「土塁「」を削り「空堀」を埋めると言う暴挙が起きる前に、管理者の交代をお願いします!!

帰り道、世田谷線・宮ノ下駅下車で「世田谷城址」も見学。
三軒茶屋まで歩いて27.000歩
| - | 15:15 | comments(0) | - | ↑TOP
フーテンの寅さん
「フーテンの寅さん」の50作目が、第一作から50周年で作られたそうです。
山田洋二監督のインタビュー番組を見たのですが、その中で寅さんの物語は「家庭の物語」
それも、寅さんが帰ってきた時、家に中から「お帰り」という声が聞こえてくる家庭の物語と言っていました。
武田鉄矢さんが「幸せの黄色いハンカチ」に出演した時、撮影が終わった後の飲み会で「犯罪者が出所して来るのを、温かく待っている様な家庭がある訳がない」と言ったら、山田監督に「現実に無いから、映画で描くんです」と言われたそうです。
50年後に50作目を作る。
山田監督は、現代の社会に「おかえり」という声が聞こえる「家庭」が無くなってしまったという気持ちで撮影をしたのでしょうか?

別の番組で、京都大学を卒業した女性の学者の先生(70〜80歳)が料理の話をしていました。
父が医者で、母が専業主婦。
暖かい家庭で、母親の料理が美味しく、子供の誕生日には友人も招待され、戦後の物の無い時代に、それでもお母さんが材料をそろえ、手間暇かけて生クリームを使ったデザートを出してくれたのだそうです。
私から見れば、理想の家庭なのですが、その京大を出た女性は、「母親が専業主婦」と言う事が気に入らず、成人した後、親との関係がうまく行かなくなったのだそうです。
番組で料理を作りながら「今になって、手間をかけて料理を作ってくれた母を懐かしく思い出す」と言っていました。(番組を斜めに見ていたので、詳細は間違っているかもしれません)
私の独断と偏見で言えば、こんな女性を「利口バカ」、こんな行為を「罰当たり」と言うのではないでしょうか?
こんな人が「先生」と呼ばれているのですから、日本から家庭が無くなるのも当然??

山田監督が「寅さん50作目」を作るのも時代の流れ、必然なんでしょうか?

たまには映画館へ「寅さん」でも見に行きましょうかね。

三十路には
笑って見ていた
寅さんを
六十路、七十路は
涙目で見る

オソマツでした!!
| - | 22:41 | comments(0) | - | ↑TOP
滝山城
14日(火)は、早大のプレートテクトニクスがが休講になったので、9:20〜10:30の敬老館のコーラスの練習が終わってから「滝山城」へ行ってきました。
八王子駅前のコンビニで昼食を買ったら、さすがにハイキングのベース駅・・・「デッカイおにぎり」がありました。
バスもすぐに来たので「滝山城址下」駅に12時過ぎに到着。
城の登り口に「パンフレットボックス」があり、手にとると、大きな「城の縄張り図」が書いてありました。
地形から曲輪、虎口、土橋、竪堀、横堀・・・・が丁寧に、詳細に、正確に書き込まれていて、城の全体を理解出来ます。
城内に入ると、結構深い里山なのですが、通常の見学コースを大きく外れて歩き回っても、要所要所にはちゃんと手すりもついているので、崖から落ちる心配もなく、縄張り図を見ながら、迷わず歩く事が出来ました。
要所には、「案内板」も設置され、「説明文」と「城全体の縄張り図」と「拡大図」が描かれていました。
「城全体の縄張り図」は、全て地図と同じに、北を上に描かれていました。
「拡大図」の方は、「案内板」の位置から、目の前の土橋や虎口を見ている様な「挿絵」風の説明で、実に分かり易く、親切な説明でした。
「全体図」は北向きに表示し(その図の中に、拡大部の四角形を角度をつけて表示)、「拡大図」は、現地で目の前に見ている通りに表現されているので、よく考えられた、親切な展示方法と感心(感謝)しました。
城は、多摩丘陵の深い谷を巧みに利用し、複数の曲輪が互いに連動し、敵の侵入を防ぐシステムが素晴らしい土の城でした。
夏に見た「小机城」に通じる城ですが、規模は「滝山城」の方がはるかに大きく、武田軍が落とせなかった事も理解出来ます。
弁当は、「山の神曲輪」で、眼下に多摩川を見下ろしながら食べたのですが、「デッカイおむすび」は、中の「具」も沢山入っていて、アタリ!でした。
ウイークデーで人も少なく、冬で植物が枯れて見晴らしも良く、やぶ蚊も居らず(小机、岩櫃城では、やぶ蚊がすごかった!)一人静かに(寂しく)楽しむ事が出来ました。
帰りは、東への尾根道がハイキングコースになっていて、桜やツツジの季節にはさぞ美しい事だろうと思いました。
山を下り、バス停へ置くと、バスは50分後(一時間に一本)
地元の方に聞いたら、16号線まで行けば増えると言われ、また数キロ歩きました。
一日の歩数は18.507歩でした。
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